Vol.816

KABパチプレTV-Rの17年を振り返って書いている。
パチプレTV-Rは、東京の放送局の番組と同じように、番組収録を局のスタジオでは行っていない。
これは東京ではよくあることで、ニュースやドキュメンタリー番組を覗いて、バラエティー番組やドラマ等は、外部の制作会社のスタジオや外部の収録専用のスタジオで収録することが多い。
パチプレTV-Rは当初からこの形態をとっていて、現在も番組は特別な場合を除いては、外部のスタジオで収録している。

現在まで17年間でおよそ10回ほど引っ越しを繰り返しながら番組をお届けしている。番組スタート時数ヶ月は、確か街なかのカラオケ店で撮影を行っていた。カラオケ店の店内にアクリルのセットを持ち込んでの撮影だった。そのスタジオに当時会社員から業界に入りたたいと新人のタレントとして連れてこられたのが、誰あろう「岩清水 愛」その人である。
ついこの間まで、業界とは何ら関係のない電機メーカーの工場にOLとして勤務するおとなしい小さな女の子だった。

彼女より番組の歴史と同じくらい先輩の私は、あの女の子が今をときめく名リポーターの「岩清水 愛」さんになろうとは想像もしなかったのである。かくして、パチプレTV-Rは奥田 圭&岩清水 愛のMCで、ローカルパチンコ番組の草分けとしてその歴史の幕を開けるのである。当時の私はあの大人しい泣き虫の女の子と18年も同じ番組を担当するとは知る由もなかったのである。