Vol.870

毎日本当によくもまあこんなに事件や事故があるもんだと、呆れてしまうほどである。
なんだろうか?いろんなところが、歯車が狂い始めたのか・・・。理解に苦しむ。
それでなくとも今年はいろんなことがあって、あれもこれもで今年の重大ニュースはどうなるんだと心配になるくらいである。果たして今年はどんな年の瀬になるのだろうか?
どうか穏やかにあと一カ月ほどを過ごすことができるように祈るばかりである。

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忘年会なども始まり、少しずつ年の瀬の慌ただしさが迫ってくる感じがするが、なんだか今年は実感がない感じがするのは、震災の影響や秋が感じられなかったせいなのだろうか?最近、テレビを見ていてドキッとするのは速報が出るときのあの音、またどこかで何かがあったのかと、心配してテレビを注視してしまう。少しの揺れでも地震じゃないかと過敏になっている。それがたとえ地震からの復興のための工事の音でも・・・。
いつになったら、安心して暮らせる日々が来るのか?それでも我々は前を向いて少しずつでも前に向かって進んでいかなければならないのだ。疲れたらときどき、やすみながら。

Vol.869

今日は11月22日は「いい夫婦の日」だそうである。
朝のラジオではどんな言葉でスタートしようか?などと考えながら家を出て局に向かう途中でテレビの早朝のワイドショウでただならぬMCの慌てようが、映像が出ない車のAVシステムのスピーカーから流れてくる声でさらに恐怖感を煽った。いい夫婦の日なんてすっとんだ。

熊本地震に始まって鳥取そして、福島、日本だけではなく海の向こうでも頻発した。カムチャッカ半島に始まって、インドネシア、バヌアツ諸島、エクアドル、サウスサンドウィッチ諸島、イタリア、ニュージーランドといずれもマグニチュード7クラスの地震なのだ。地球規模での警鐘なのかもしれない。

我々がこれからどう生きるかが問われているのかもしれない。
今年も残すところあと6週間ほど、もうこのあとは何事もなく穏やかに過ぎていってくれることを望むばかりである。

Vol.868

また、揺れた。震度も1〜2と小さい揺れだが。
20分位の間に2回の揺れって云うのは気持ちのいいものではない。つい数日前に震度4の地震が久しぶりにあったと言うのに、この間隔でまた、勘弁して欲しい。しかし、ホントに世の中いつ、どこで、何が起こるか本当に分からない世の中になってしまった。地震、豪雨、予想も出来ない事件・事故、道路の陥没もしかり、まさか?と思うような事が次から次である。

我々の生き方自体が問われているのかも知れない。震災にあい疲弊している熊本の私たちに、これでもかこれでもかと言うように次々に、でも、負けないのだ。負けられないのだ。私たちは、私たちを育ててくれたこの自然と共に生きていかなければならないのだ。この自然に沢山美しいものも見せてくれるし、沢山の感動も癒しも与えてくれるのだ。だからこそ畏怖も感じながら、感謝もそこには存在するのだ。さ、まだまだ負けられない、傷は深いが今こそ、感謝の気持ちを込めて底力を見せよう^ ^!ねっ‼️

Vol.867

2016年も残すところ2ヶ月になった。本当に今年は様々なことが次々に起こった一年だった。振り返るには少し早い感じがするが、数年間の出来事のようなことが一年でやって来た。目まぐるしく変化世の中を驚きを持って眺めていたのだが、今年はその当事者になった。あと二ヶ月、どんな日々になるのだろうか?

先日テレビで、広島カープの黒田博樹投手を取り上げた番組を見た。広島の友人から話は聞いていたが、彼の男気に目頭を熱くしながら、見ていた。果たして自分はあんなことができるのかと自問自答しながらであったが、私なんぞには到底まねの出来ないことである。人を思いやる気持ちが半端ではない。それもきっとご両親からの教えなのだろう。同じように子育てをする親として、黒田選手の親のようにもなれない。情けない限りだが、テレビの彼の話を聞いてかなり勇気づけられた。そんな人も多いだろう。

熊本は冬に向かっているというか、今年の冬は更に寒くなりそうだ、みなさんも身体に気をつけて共に前を向いて歩いていこう!

Vol866

義理の母が亡くなった。27日木曜日の早朝のことだ。特別養護老人ホームに入居していてずっと元気に過ごしていた。この夏も会いに行ったときに熊本地震のことはじめ、いろんなことを話したものだった。身内のことがわからなくなってからも、何故か私のことだけはわかってくれて、名前を呼んでくれていた。10日くらい前から容態が悪くなり、病院に転院し状況を見守っていたのだが、27日の早朝天に召された。

バタバタと時間は過ぎていったが、私のために気持ちを砕いてくれたことが数々思い出され、まだその辺にいてくれるような気もする。自分自身の両親はどうかというと、年を取って身体にあちこち不具合はあるようだが幸いなことに元気で過ごしてくれている。この年になると、お別れをしなくてはいけない人たちが少しずつ増えてきて、やりきれない思いをすることも結構ある。まあ、人間として生まれてきたからには避けられないことなのだが、やはり寂しい。だれかか「なくなった人のことが生きている人の話の中で出てくるうちは、まだいい、まったく話に登場しなくなったときが本当に故人となるのだ」と、生きていくと出会いもあれば別れもあるわけでそれが宿命なのかもしれないが、忘れないことが必要なのだと今、あらためて思う。順番にやってくるその時を、どう迎えるのかそれもまた大切なのだ。

義父(旦那)を早くに亡くし、女手一つで、二人の子どもを育てた義母は、とても厳しい人だった。それでも妻と一緒に里帰りをすると、いつも冷たく冷えたビールを真っ先に持ってきてくれて、一杯呑んでいい気分で近くのホールに気晴らしに行く私を、いつも優しく見送ってくれた優しい姿が、忘れられない。いつもそばで見ていてくれると信じている。