Vol.818

早いもので11月の声を聞こうという今日この頃、毎日快晴で日中はまだまだ暑い日が続くと思っていたら、ここへ来て寒冷前線の影響で、大荒れの天気となった。これでも確実に季節は進んでいるのだろう、この後は一挙に寒くなりそうな気配である。

さて流浪のパチンコスロット教養番組『パチプレTV-R』であるが、基本は幾つかの撮影用のスタジオを使用しての撮影であったのだが、その撮影スタジオの都合で、これから二週間くらいは使用不可となります的なこともあるのだ。そんな時は急遽撮影場所を探すことになる。レギュラーではなくほんの2回分くらいの撮影。ご存知のようにこの番組は、スタジオ収録はオープニングと、エンディングそしてたまに、真ん中のスタジオがあるくらいでその他はホールでの取材(深夜ロケが基本である)そんな時は、カメラの都合もあって我々MC陣から3メートル位距離が取れる場所を探すのだが、これがなかなか難しい。
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ある時は、ごく普通の民家を使ったことがあった。番組スタッフがそれまで住んでいて引越しは終わったものの、しばらくはまだ借りている状態の空き家で撮影することになった。全く一般の民家、畳敷きの居間での撮影である。まあ、ソファーをおけば、そこは撮影のプロである。足元を切って写らないようにすれば、民家スタジオの出来上がりである。これもまた17年もやっている、番組ならではである。そういえば、民家といえば、河内にある二階建ての古民家風の別荘で撮影していたこともあった。
私の友人が所有していたもので、一ヶ月に1〜2回くらいしか使わないのでと、快く貸してくれた。撮影は、居住空間ではない二階の広い部屋を提供していただいた。そこで、1年くらいだろうか、いやそれ以上かもしれないが、そこで撮影していたことがあった。高台に建つその古民家風別荘は、ロケーションもなかなかよく、二階の窓を開けると、海が見下ろせとても素晴らしいスタジオだったのだが、なにせ番組は深夜のバラエティー番組である。窓は締め切り、なんだか秘密の隠れ家で悪いことでもしているような後ろめたさに囚われながらの撮影だった。
ただ、山の上のしかも古民家である、広いのは広いが、冬場の撮影は特に大変でストーブをお借りして部屋を暖めてもなかなか暖まらず、スタッフ全員凍えるような寒さの中撮影をしていたことがかなり印象に残っている。

Vol.817

嘘のような快晴の日が続いている。番組のロケやCMの撮影などを行う関係者にとっては
まさに理想的なロケ日和が続いている。ただこの快晴、日中は暑いくらいなのだが朝夕は結構冷えている。こんな季節の変わり目は体調を崩しやすいのだ。特に年を重ねた体にはかなり厳しくひびくのである。皆さんも体調管理には十分ご留意いただきたい。

先日は『KAB元気フェスタ』に実にたくさんの方々にご来場いただいき感謝に堪えない。
パチプレブースは、毎年恒例のスマートボールを楽しんでいただいた。小さなお子さんからお父さんお母さんそして、おじいちゃんおばあちゃんまで、白い球の行方に笑顔の絶えないコーナーであった。ご参加いただいた皆さんには、花の慶次のレアなグッズをお持ち帰りいただいたのだがご満足いただけたであろうか?何せ、できるだけたくさんの皆さんにプレイしていただこうと家族みんなで参加していただいたので、長い行列ができかなり長くお待ちいただいた方もおいでだったろう。その部分に関してはスタッフ一同、申し分けない気持ちでいっぱいで並んでいただいた皆さんに、ただただ感謝するのみである。

さて、17年を振り帰ってお届けしている。MCコラムである。
パチプレTV−Rは、我々MC陣が実際にホールでプレイすることに重きを置いてスタートした。できる限り我々が体験しみなさんにその情報を真摯にお届けしようという制作意図からである。番組がスタート時点では、パチンコ初体験だった岩清水愛も、スロット初心者だった私も、まずは、トレーニングから始めたのだ。実際に体験しそれを番組でお伝えする、それがこの番組の信条なのだ。岩清水愛ちゃんの場合は、ただでさえ初めてのテレビで緊張しているのに、やらなきゃいけないこと、覚えなきゃいけないことは山ほどある。

苦悩の日々が続くのだ。何度やってもできないときは叱られる。できない自分に腹が立ち涙がこみ上げる日もあった。番組をずっとご覧いただいている皆さんはお分かりだろうと思うが周年企画などのときに振り返り映像で見ることができる、岩清水愛ちゃんの涙はまさにそれである。それを乗り越えて、今があるのだ。元気フェスタで大活躍だった彼女もそんな日々を送ってきたのだ。17年という月日は、短いようで長いのである。

Vol.816

KABパチプレTV-Rの17年を振り返って書いている。
パチプレTV-Rは、東京の放送局の番組と同じように、番組収録を局のスタジオでは行っていない。
これは東京ではよくあることで、ニュースやドキュメンタリー番組を覗いて、バラエティー番組やドラマ等は、外部の制作会社のスタジオや外部の収録専用のスタジオで収録することが多い。
パチプレTV-Rは当初からこの形態をとっていて、現在も番組は特別な場合を除いては、外部のスタジオで収録している。

現在まで17年間でおよそ10回ほど引っ越しを繰り返しながら番組をお届けしている。番組スタート時数ヶ月は、確か街なかのカラオケ店で撮影を行っていた。カラオケ店の店内にアクリルのセットを持ち込んでの撮影だった。そのスタジオに当時会社員から業界に入りたたいと新人のタレントとして連れてこられたのが、誰あろう「岩清水 愛」その人である。
ついこの間まで、業界とは何ら関係のない電機メーカーの工場にOLとして勤務するおとなしい小さな女の子だった。

彼女より番組の歴史と同じくらい先輩の私は、あの女の子が今をときめく名リポーターの「岩清水 愛」さんになろうとは想像もしなかったのである。かくして、パチプレTV-Rは奥田 圭&岩清水 愛のMCで、ローカルパチンコ番組の草分けとしてその歴史の幕を開けるのである。当時の私はあの大人しい泣き虫の女の子と18年も同じ番組を担当するとは知る由もなかったのである。

Vol.815

日中はまだ暑い日もあるが、朝夕の肌寒さを感じると、秋も深まってきたようだ。
みなさんもくれぐれも体調管理にはご留意いただきたい。

先週から17年を振り返ってお届けしているが、人の番組のバトルで勝利して番組MCの座を射止めた私は新しいクール(番組のひとくくりの単位1クールは3ヶ月)からMCの座につけていただき、始まったのだが内容はバラエティー番組の中にホールでのパチンコのコーナーがあるといった感じで、でかけたホールのそばの温泉や美味しい物情報なども紹介していた。勿論パチンコ以外のことにも挑戦するって感じで、まあ、世の中の流れで自粛方向に向かいつつあったパチンコ業界にも対応した作りになっていた。

しかし、その番組も業界の自粛にともなって1年半ほどで終了。しばらくは、遊技機器系番組は姿を消してしまった。それから2年ほど立ったある時、以前の番組とは違う、KABの番組プロデユーサー氏から連絡があり、状況が少し変わってきたので番組を今一度やりたい旨を伝えられた。勿論二つ返事でOKをしたのだが、プロデューサー氏は、私が番組が休止している間に始まったラジオの早朝ワイドでの私のことを気遣ってくれ、「圭さんのイメージが随分変わっちゃいますよ、大丈夫ですか?よく考えてお返事いただければ・・・。」番組は、局始まって以来の早朝の情報番組で、私の立場を心配してくれたのだ。ありがたいことである。

そこまで考えてくれている人ならば、一緒にぜひやらせて欲しいと快諾した。かくして、番組は新たな形でスタートすることになり、新しい番組タイトルは戻ってきたパチプレTVということで『パチプレPTV-R』というタイトルとなった。つまりリターンズである。そこに、私の相方として番組進行に加わることになったのが、今は数々の番組でレポーター、MCとして活躍する、超売れっ子の「岩清水 愛」さんである。