Vol.690

ゴールデンウィーク間近である。今年は日のつながりがあまり良くなく10連休。
良くないと言われても、10連休なのだ。さて、何をするか・・・。何処かに出かけるにも必ず時間とお金が必要となる。しかもそれが家族でとなると結構なものになる。
ゴールデンウィークだけではなく、そのあとは夏休みが控えている。ここで、大枚をはたくかどうかは、考えどころである。だからと言ってどこにも行かないというのも子どもたちの手前難しい。というか、家族の手前といったほうがいいかもしれない。

そんなに休みを貰えなくとも1日もしくは2日と言えども何処かに行きたいというのが、家族の気持ちだろう。世間はこの時期になるとゴールデンウィーク、ゴールデンウィークとあちらこちらで話題になるわけで。そんな中、我慢しなさいとも言いづらい。

お金があるところは、10日の休みを有効に使って今年はシンガポールやバリ、台湾や韓国、そしてベトナムといった、東南アジアが人気のようだが、我々はそうも行かない。そうなってくると国内近場だ。

どうだろう、日頃余り行かない地元の温泉場など特に、豪雨被害を受けた阿蘇の内牧などの旅館を利用するのはどうだろう。先ごろ、最後まで復旧にかかっていた旅館も復興して、再スタートを切って内牧地域のすべての旅館ホテルが稼働を始めた。熊本に住んでいて熊本の温泉は日帰りって方が多いかもしれないが、ここはちょっと贅沢をして地元熊本で楽しむ。お父さんは夜いっぱい飲んだ勢いで近くのホールに出かけるのもいいかもしれない。今までとは違った地元密着のゴールデンウィーク。地元の物産や食、人に触れて見る旅いかがだろうか?

Vol.689

やっと会社を皆さんに公開できる日がやってきた。今週末からスタートするのだが、ゆる~い公開の仕方をしようと考えている。
個人時代つまりフリーのナレーターを経て「有限会社奥田圭事務所」を設立したのが平成4年4月、「有限会社 ネバーランド」になってから早15年が過ぎようとしている。これをきに新しい事務所で完全に一人になってスタートすることにした。今まで作ってきた会社を完全に壊してからのスタートとなる。
まさに「スクラップ・アンド・ビルド【scrap and build】」である。これまで、個人(フリー)の時代から少しづつ集めてきた機材も資料も全て一旦チャラにして、あらためてスタートしようというわけだ。これにはかなりの勇気と決断が必要だった。いずれはやってくるだろうこんな日を、予想しなくもなかったのだが、いざそうなると少しでも障害があると断念しようとしてしまう。そこを逃がさないように、しっかり自分自身を捕まえて現実を直視させる必要があった。ここ5年〜6年ずっと考えていたことでも、実行に移すとなると不安もある。

こんな時は、深く考えず「えいやっ!」とやってしまったほうがいいのだが、そうすると周りが心配する。しかし始めないと進まない。何も進まないのだ。したがって強行して実行に移すことに。
フリーの時代からすると「奥田圭事務所」設立、スタジオ設置、制作業務スタート、「ネバーランド」に社名変更その間事務所は三度移転した。私にとっては大きな転機ではあるが、ずっとこの業界にいる人達にとっては、何度か立ち会った私のスタートである。そこで考えたのがゆる〜い公開の方法だ。これについてはまたいつかお話しよう。

そんなこんなで、新しい事務所は本当にすべてが簡便に構成されている。今までのシステムを一から見つめなおし、これからやっていく社としての業務に十分に応えることができるように構成した。おいおい、写真でソーシャルメディアを使ってご覧いただけるかと思う。

Vol.688

最近テレビを見ているとカタカナの名前の芸能人が増えていることに気づいた。外国出身のタレントは勿論だが、帰国子女が多いというのもあるだろう。そして何よりも「ミックス」日本で言うところの「ハーフ」が増えていることもその要因の一つなのかもしれない。

我々の世代ではカタカナの名前の芸能人といえば、パチンコやスロット台でもお馴染みのアントニオ猪木、ジャイアント馬場、アイ・ジョージ、ヒデとロザンナ、和田アキ子、ベッツイアンドクリス、ざっと浮かぶのはこんな感じなのだが、最近は女性タレントにこの傾向が顕著に現れている。まあ、ひとつのブームになっているようなところもあるが、すごい名前の子も出てきて覚えられない。

ネットで調べるとこれが結構いるものだ。私が認知している以上にカタカナ名タレントが多いことを知らされた。トリンドル玲奈や春香クリスティーンに驚いていたら、最近知った子にダレノガレ明美というモデルさんがいた。最初に聞いた時は、誰の彼明美と聞こえたのだが、実際はダレノガレだった。私の現在のお気に入りはやはりローラなのだが、最近は第二のローラも出てきたようで、カタカナ芸能人はまだまだ増えていきそうな勢いである。本当に覚えられない・・・。

Vol.687

引っ越しがこんなに大変なモノだとは思いもしなかった。とは言っても、スタジオを作って3度目の引っ越しとなる訳で、ベテランのはずなのだが、これがそうも行かない大変な状態になっていた。そもそもこれまでの引っ越しは、荷物を移動しただけで、なんとかいろんな荷物を無理矢理引っ越した先に押し込んでいたようなモノで、なんとかそれで収まっていた。

思えば本体の制作会社としての荷物だけではなく、新市街でやり始めた雑貨屋の荷物もそのままにしながら、あらたに江越にも店を構えた訳で、店の荷物も最後は二重にあった訳で、その在庫などは店を閉めるときに処分はしたものの、什器などはそのまま残っていた訳でそれだけでも2件分なのだ。そこへもってきて、本来の会社の様々な機材やらも、新しくしていくにつれて古い機材は増えていく訳で、それをこれまではなんとか引っ越し先に押し込めてきたのだから、その量たるや凄まじいものがあった。トラック9杯分の荷物が二十数年の積み重ねとして思い出とともに旧事務所におさめられていた訳だ。荷物も思い出もかなりの重量あった。移転先は1LDKなのですべてを持ってはいけない。古い機材は廃棄機材として、古い思い出は記憶の奥底にいい思い出として捨て去るしかないのだ。「断舎利」?打とか言う言葉が今はもてはやされているようだが、涙をのんで廃棄してしまうほかないのだ。

大英断の代償は相当な金額になり私の方にのしかかったが、あたらしい環境と言う心地良い風が、それをすべて吹き飛ばしてくれたように思える。いや思うようにしている。古い思い出の代わりに新しいこれからの夢や希望みたいなものをしっかり抱いて次に進むことにした。4月の風はやわらかかった・・・。