Vol.669

名古屋鯱ツアーの初日出発までの経緯を前回お話ししたことかと思う。今回はディレクター二人。新婚ディレクターと貧困ディレクターであるが、今回はディレクター二人ということもあって、割と参加者も和やかに、駅に集合し無事に新幹線に乗り込んだ。今回の新幹線のチケット担当は、プロデューサーの太鼓判で前回自分自身のチケットを紛失し、自腹で熊本まで帰った貧困ディレクターが保管することに。(中にはご心配の諸氏もおいでかと思うが・・・

プロデューサーによると一度手痛い失敗をした者は、同じ失敗は繰り返さないという、寛大なお言葉によって、貧困ディレクター担当になった)
そのかいあってか今回は、そんなこともなく無事に全員名古屋駅に到着!彼の貧困ディレクター殿は、電車の中でも、何の仕事をしているのか?ラップトップを取り出し忙しいビジネスマンよろしくカチャカチャとキーボードを叩きながら、新幹線での時間を過ごしていた。できる男は違うのである。


さて、夕方に名古屋に到着した我々一行は、まずは番組のオープニングを、名古屋駅界隈で撮影することになっていて、名古屋の駅に降り立ちすぐに案内されるがままに駅前の噴水のある広場に、もう既に日が落ちていて最新のLEDのハンディー照明をたいての撮影と相成った。勲ちゃんはいつものようになんだか変なテンションで、退社や帰宅客でごった返す広場ですうテイク撮影するのは本当に奇異なモノがあった。

勲ちゃんのTPOを全く無視したあのトークだけは本当に勘弁してほしいと・・・。いや、それでも面白ければよいのだが・・・残念だ。(お父さんがきっと草葉の陰で泣いておられる・・・。)

撮影終了と同時に、宿泊先のホテルに向かう。貧困ディレクターによるとホテルまであまり距離はないけれど、荷物も多いのでタクシーで向かうという。我々は、番組の予算のことも考えて「歩いてもいいよ」と言うのだが、いやいや、タクシーで行きましょうと、タクシーに乗り込んだ。

するとどうだろう、歩いてもそんなに距離はないと言われたホテルは、タクシーで15分ほどかかる場所で、歩くと結構な距離があったのだ。さすが貧困ディレクター、慮って歩いていたら大変なことになるところだった。

と言う感じの一日目であった。まだまだ続く!

Vol.668

今年も鯱リーグを制して?(これには様々なご意見があったが)名古屋に取材に行かせていただいた。
一年ぶりの名古屋は、昨年よりも一日長くなり二泊三日の行程で一年ぶりの取材が刊行された。
担当ディレクターは今回は二人。一人は新婚ディレクターもう一人は、昨年のチケット事件の張本人貧困ディレクターである。若干の不安もあったがその不安をかき消すように、今回は貧困ディレクター(以下貧困D)のお迎えから始まった。

朝から早朝のラジオワイド番組、CMナレーション録り、番組のナレーション録りといった熊本での仕事を終え、自宅で出発準備を完了したところで、貧困Dからの「今から5分後にマンションに到着します」の電話。スーツケースを持ち降りてみるとお迎えの車。音声さん、カメラマン、制作会社の総務担当の女性・・・「おはようございます」といったものの、あれ?貧困Dがいない?頭の中を不安がよぎる。やはりナンダカンだ言ってもやはり去年のことがあるから、今年はぎりぎりの段階で彼は参加を取り止めなければならなくなったのか?もしくは社長からストップがかかったのか?様々なことが頭をよぎる。

迎えの車に乗るとみんなが貧困Dの話をしている、聞き耳を立てると何やら彼は違う局に行っているらしいことが分かった。あぁ、ついに担当をかえられたか・・・・。と思うのも仕方がない展開だ。今回はやはりPTV-R名古屋取材ディレクターからはずされたんだ。本人が気にするから直前になって・・・そうなのか。まあそれは私の会社の人間ではないので、私がどうこう言う問題ではない。
まあでも考えてみると、かわいそうな気もする。あんなに一生懸命頑張ろうとしていたのに・・・。しかしそれがこの仕事というものだ。

ここは心を鬼にして私も賛同し黙って名古屋に旅立つのが一番なのだ。と思いを巡らせていたそのとき、「あぁ~ちょうど良かった出てきた」
そう、貧困Dである。どうも搬入に行ったらしい。ということで問題なくお迎えの車に乗り込み、全員一緒に熊本駅の新幹線口へ。
そして、いよいよ名古屋への旅が始まったのだ。

Vol.667

先日この番組のディレクターの一人がおめでたい日を迎えた。
私もそのお祝いの席に招かれて番組スタッフの一員として出席をさせて頂いた。いつ行っても祝いの席というのはいいもので、笑顔と拍手と優しい眼差しが会場を包んでいた。たくさんの仲間たちが、それぞれに二人との様々な思い出を思い起こしながら、ひとりひとりの思いを胸に晴れやかなその場所で、幸せを共有した。私は彼とは彼がこのディレクターという仕事に就く以前からの知り合いで、そういう意味でも何だか同級生の結婚式に出席するような、いや家族の結婚式にでも出席するような感じで何だかソワソワしながら二人を見守った。

何時も皆のことを一番に考える、ムードメーカーの彼は、我々出演者やその他のスタッフにも細かに心を配り、誰からも愛されるそんな言わば理想的なディレクターなのである。そんな彼は一旦はミュージシャンを目指し上京、友人と二人でメジャーデビューを果たした。同じ熊本出身ということで、私も応援をさせてもらっていた。月日が流れ、気がつくと彼は地元熊本で、番組ディレクターを目指し活動を始めた。

そして、この番組が私達を再び合わせてくれた。あれから何度も彼に助けられ、今日のわたしがある。みんなから愛される人物というのは、こんな人なのだと、祝いの席で拍手を送りながら、考えた。どうか幸せな家庭を築かれることを、祈るばかりである。

Vol.666

あっという間に、11月になってしまった。
大抵こんな文章でこの時期は書き始めてしまう。
でもやっぱり、幾つになっても、いや歳を重ねるごとにその思いは強くなってくる。もう日に日にってことだ。若い頃はなかなか進まない時間に苛立ちもしたものなんだが、としを重ねるごとに、その思いは強くなる。

若い時代には思いもしなかった、体の変化を感じたり、気持ちの変化を感じたりしているが、まあこれが大人になるという事いや老いるということなのだろう。老いるというのには早いに決まっているが、こうやって、としを重ねていくと不安になるのは果たして自分は大人になっているのか?まあもちろん体は大人なのであるが…精神的な部分だ。そして、自分自身がなりたかった、憧れていた理想の大人になれているのか?まあ、最後の部分に関しては全くダメであるが、果たして、少なくとも自分が嫌いな大人になっていないかということである。

考えてみるとそこも部分もちょっと怪しく思えて来た。要するに体だけ老けてというか歳をとってしまい、心は全くのガキのような気がしてならないのだ。どうするよぉ~。哀しすぎる…。しかもそんな大人が、時間のスピードを歳を重ねるにつれて重く感じるのである。まったくこまったものだ。
大人になっても子どもの心を忘れないって書くと良さげに聞こえるが、よく考えるとただ単に、大人になりきれない子供なのかもしれない。これだと頂けない。そんなことを考えた11月の寒い日であった。